ボールウェーブ社見学記

お久しぶりです.今日ボールウェーブという会社を見学させていただいた.めちゃくちゃ面白かったので記事を書く.

経緯

大学で「アントレプレナー入門塾」という授業を取っていて,「地域の成長企業に電話をかけて見学のアポを取る」という企画があった.俺はテック系企業に興味があったので,仙台にあるテックベンチャーを調べた結果,ボールウェーブという企業を見つけた.最初はメッチャ緊張したが,電話やメールでのやり取りのあと,見学をさせていただけることになった.ありがとうございます!!!

ボールウェーブ社とは

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出典: ボールウェーブは、小型・高速・高感度な「ボールSAWセンサー」で世界のケミカルセンシングを革新する!(ICC FUKUOKA 2019)【文字起こし版】 | 【ICC】INDUSTRY CO-CREATION

ballwave.jp

ボールウェーブ社は東北大学発のスタートアップで,センサの開発を事業としている.このセンサは機械に「嗅覚」を与える.というのも,このセンサは「ケミカルセンシング」,つまり空気中の化学物質の検出が可能である.そして,「ボールSAW」と呼ばれるこのセンサ技術の開発に携わっていた赤尾さんが,2015年に設立したのがボールウェーブ株式会社である.

記事の終わりでもうちょっと詳しく説明するが,このセンサ技術はめちゃくちゃすごくて,直径わずか3mmの水晶球で微量の化学物質を高感度で測定できる.3mmってやばくないですか.この技術は東北大学の山中名誉教授による物理学上の大発見を原理としている.かっこよすぎる.

これからユビキタスコンピューティングとビッグデータの時代が来る.すでにIoTデバイスは視覚(カメラ),聴覚(マイク),および触覚(圧力センサとか?)を手にしているが,嗅覚を持つものというのはいまだ開発中である.その中で,このボールSAWセンサのようにIoTデバイスに積めるほど小型な嗅覚のセンサというのは非常に重要な位置を占めて来るのではないだろうか.

ボールウェーブ社は現在,空気中の微量水分を検出できる機器を販売している.大型で高性能なものと,少し精度は劣るが(それでもすごいんだろうが)小型で安価なものがあり,製造現場などで導入されている.またボールウェーブ社は去年JAXAの宇宙探査プログラムにも採択され,ローバーに積める小型で高精度な物質センサの開発に取り組んでいる.

ビジョンは

ケミカルセンシングとAIを活用し,全地球的な課題を解決する

つよい.すごい.かっこよい.

見学記

オンライン授業に木っ端微塵に粉砕された生活習慣の中,奇跡的に午前8時に起床することに成功し,支度をした後,東北大学の青葉山キャンパスにあるボールウェーブ社のオフィスに伺った.

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青葉山キャンパスまじできれいなので早くここに通いたい

恐る恐る入ってみると,CEOの赤尾さんとCFOの森さんが直々に出迎えてくださった.そこでしばらくお話をした.

ことの経緯を説明したら,赤尾さんがアントレプレナーの授業の講師の方と知り合いだったらしく,どんなことを学んだか聞かれた.そこで対話をしているうちに,俺の会社の社会的責任だとかベンチャーキャピタルの仕組みとかについての認識が甘々だったことが恥ずかしながら発覚し,それらについてわかりやすいたとえで説明してくださった.株とかの仕組みについてはゆる~くなんとなくしか理解していなかったが,赤尾さんの説明を聞いているうちにそれの何がうれしいのか分かった気がする.まじでわかりやすかった.ありがとうございます!

また,企業には必ず社会とのつながりがあるため当然責任が伴うということも教えてくださった.アントレプレナーのクラスでは,「失敗を恐れず学生のうちから起業してみよう!」みたいな雰囲気だったが,学生だからと言って失敗が簡単に許されるわけではない.もちろん失敗を恐れず果敢に挑戦することは大事なことなのだが,「ミスったwてへぺろ☆」みたいな態度ではだめだということだ.会社には従業員がいるし,顧客がいるし,投資家がいる.その人たちの利害が関わっている以上,学生だからと甘えたことはできない.心に留めておきたい.

ここで用意してきた質問をいくつかした.ありふれた質問しかできなかった....

Q. 大変だったことは?

A. 日々の仕事は全然つらくない.大変なのは,科学者としての常に責任が伴うから,科学技術はどうあるべきか,これからどうなるのかといったことを常に考えていなければならないこと.

やっぱり科学技術の倫理というのは重要な問題で,それに携わる者としてちゃんとした意見を持つことが大切なのだと思った.自分の好きな研究だけして,面白いものを追い求めるのはきれいに聞こえるが,そうではいけないのだろう.この技術が社会にどういう影響を及ぼすのかということをしっかりと考え抜かないと,責任のある科学者とは言えない.

Q. うれしかったことは?

A. 商品が形になったこと.発明できる,ブレイクスルーを起こせる環境が整いつつあること.

Q. 起業は初めて?

A. 赤尾さんは初めてだが,他のメンバーはスタートアップで働いた経験のある人が多い.

Q. 会社の規模は?

A. 始めた時は赤尾さん一人だけだった.今では10人以上のメンバーがいる.

すごいのは,初期のメンバーが全員残っていること.多くのベンチャーを見てきた森さん曰く,このことはとても珍しい.ふつうはすれ違いがあったりだとか,やりたいことがかみ合わなかったりするらしい.これが良いことなのか悪いことなのかはわからないとおっしゃっていたが,それだけ魅力的な仕事をしていて結束感が強いのだろうと思った.

Q. 大学生がしておくべきことは?

A. 勉強!発明はみんなできるが(?),発見は一生懸命勉強して研究した人しかできない.

発明がみんなできるかどうかはわからないが,確かに新しい原理を発見するというのはその分野を極めた人にしかできない.未来を作りたいのなら発見が必要だし,発見のためには勉強が必要.俺は発見がしたい.勉強します!


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お話をしている間に,「俺は何をしたいのか?」という話になった.俺はSF的な,未来的な科学技術に携わりたくて,起業をするとしたらそういった技術の社会実装だと伝えた.すると,テック系のスタートアップには2種類あるというお話をしてくれた.まずは,今すぐ社会の役に立つ技術を提供する企業.例えば,フェイスブック.マーク・ザッカーバーグが学部生のときに作ったSNSサービスだ.そしてもう一つは,10年後,100年後に役に立つ技術を作る会社.これはディープテックと呼ばれる.グーグルがそうだ.当時の投資家たちがグーグルに投資することになった決め手は,創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの博士論文だったそうだ.彼らはそこで新たな検索エンジンの設計を提案した.これは赤尾さんが言っていた「発明」と「発見」の違いなのだろう.未来を作るディープテックの基盤には発見がある.グーグルの創業者たちは博士課程まで研究を続けて,新たな原理を発見したのだ.そして,ボールウェーブはディープテックの会社だ.

ディープテック.今まで俺のやりたいことがうまく言語化できなかったが,これだ.というわけでD進を勧められた.D進するか!

そのあとは,赤尾さんがスライドを用いて会社の概要や技術の原理などについてお話してくださった.わざわざスライドまで用意していただいて本当に恐縮です....会社のメンバーは,このセンサの原理を発見した教授とか,海外の某有名企業の取締役の人とか,海外のベンチャーで研究をしていた人とか,つよつよな人ばかりですげえ~~~となった.あとは資金調達のお話とか,会社のビジョンとか,今やっていることとかを教えていただいた.特に面白いと思ったのは,この技術を使ってコロナを検出しようという試みだ.ボールSAWセンサは一部を変えるだけで様々な種類の物質を検出することができ,ウイルスも例外ではない.この技術で空気中のウイルスを検出することができれば,空気感染を未然に防ぐことができるかもしれない.すごすぎる.

研究室の見学

その後,赤尾さんの車で,少し離れた研究所に連れて行ってくださった.

この研究所はもともと「ミスター半導体」こと西澤潤一先生の半導体研究所だったらしい.ここの研究室の一つで実際にボールウェーブの研究開発が行われていて,赤尾さんと技術部長の竹田さんが技術的なことについていろいろと説明してくださった.ここでボールSAWセンサの原理について知り,自分で見て触って体験することができた.ボールSAWセンサの原理については,この記事の終わりに記したので興味がある人はぜひ読んでほしい.

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ボールSAWセンサーのデモ

商品も色々見せていただいた.センサ自体は非常に小さいのだが,測定機器とかコンピュータとか全部組み合わせるとかなり大きな機器になる.空気中の微量水分を検出する装置のプロトタイプはでかい箱が何個かつながったものだった.それを一つの箱に集約したものが,現在ボールウェーブが販売しているものの大きい方である.中学や高校の理科の実験で,でっかい電源装置を使わなかっただろうか.あんな感じの見た目と大きさをしている.もうちょっと大きいかな?机の上に載るくらいの大きさだが,大きくて重い.これの精度を妥協して,小型化した商品も販売している.こちらはティッシュ箱くらいの大きさで(適当),簡単に持ち運びができる.値段を聞いてみたところ,小さい方は軽自動車が買えるくらいで,大きい方は高級外車が買えるくらいとのこと.金をためて買うか.自分の部屋の微量水分検出したくない?

ボールに電極を張り付けたりするのにはプロジェクションマッピングと同じ技術を使っているらしい.Perfumeのやつ.エンタメで使われているのと同じ技術がこんな精密機械を作るのに使われているのはとても面白い.

他には今開発中の,ガスクロマトグラフィーを用いて気体を検出する装置だとか,測定データをローカルではなくクラウドで処理できるようにするためのラズパイを使った通信装置なども見せていただいた.

巨大な精密機器が所狭しと並んでいたこの研究室では,まさに技術革新が起こっている現場という感じがして,非常に興奮した.ここで作られたセンサが宇宙に行ったりするのかと思うとワクワクするなあ.

最後に

青葉山に帰ってきた後,赤尾さん,森さん,竹田さんとランチをご一緒させていただいた.大学のこととか,会社のこととか,技術のこととか,いろいろな話をした.あとは競プロを布教するなどした.時間は一瞬ですぎ,1時間ほどお話した後解散となった.

その後,せっかく青葉山に来たので図書館で時間をつぶし,灼熱の日差しの中歩いて山を下って帰った.地下鉄で帰ればよかった.

今日ボールウェーブ社を見学させていただいて,非常に多くを学んだ.会社には会社の責任があり,科学者には科学者の責任がある.未来の技術を作るには発見が必要で,発見のためには一生懸命勉強する必要がある.また,見学してお話を聞く中で,自分のやりたいことが少しずつ明確になっていった感覚があった.ディープテックは超面白そう!

めちゃくちゃモチベーションが上がった.一生懸命勉強して偉大な科学者になります!(こういう決意は無限回しているんだが,今回はいつまでもつだろうか....)

非常に密度の大きかった3時間だった.いきなり電凸してきたよくわからない学生にここまで時間を取っていただいて貴重な経験をさせていただいたのは本当にうれしいしありがたい.ありがとうございました!!!!!一生ボールウェーブ推します!!!!!

付録:ボールSAWセンサの原理

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出典: 基盤技術紹介 | Ball Wave株式会社

ボールSAWセンサの原理について,自分が分かった範囲で簡単に説明してみる.

圧力を加えると電圧を生じ,電圧をかけると振動する素材を圧電体と呼ぶ.水晶などがそうであり,この性質はコンピュータのクロックに使われている.圧電材料に電圧をかけると表面波を生じ,特定の周波数の波だけを伝えるフィルタの役割を果たす.そしてこの波をSAW (Surface Acoustic Wave) と呼ぶ.これは携帯電話での通信に不可欠な技術である.この技術を応用すると,気体の検出をすることもできる.

しかし,この波は次第に拡散(回折)していき,小さくなってしまうため,あまり伝搬距離を長くすることができない.そのため感度には限界がある.これはどういうことかというと,例えば波長1mの波と1.01mの波があったときに,1周期だと0.01mの差しかないが,100周期だとその差は1mになる.差が大きい方が当然違いを検出しやすいので,伝搬距離は長い方が感度がよくなるわけである.しかし従来技術では回折の問題があるため距離を長くすることができなかった.

しかしここで,東北大学の山中教授が物理学の常識を覆す大発見をする.ある条件がそろった時に,球体の表面上を波が回折せずに平行に進む現象を発見したのだ.池に石を投げ入れた時のことを想像してもらえれば分かるだろうが,普通,波というのは同心円状に広がる.しかしここでは波は広がらず,同じ幅で球面上をぐるぐる回り続けるのだ.この波は回折も減衰もしないので,これを利用することで非常に高感度なセンサを作ることができるのだ!これが「ボールSAW」というわけである.

この現象は別に小さな水晶球に限った話ではなく,例えば本文中の写真のように大きなガラス玉でも起こる.このガラス玉には電極がついており,赤いテープで囲まれた帯の部分をSAWが伝わっている.この部分を触ってみると,波の振幅が小さくなることが確認できる.実際に自分で触らさせていただいたところ,振動は微小なので表面の振動を実際に感じられるわけではないが,帯の部分を握ると確かに振幅が小さくなることが機器で確認でき,強く握るほど振幅が小さくなることが分かった.さらに面白いのは,帯の外側はどれだけ強く握っても波に変化がないということだった.確かに表面波はその帯の部分だけを回っていることが分かった.

ボールウェーブが開発しているのは,直径3mmの水晶球でのボールSAWを利用してケミカルセンシングを行うセンサだ.この球体に感応膜というのをつけると,様々な物質を検出することができる.感応膜を変えるだけで検出できる物質を変えることができるのだ.