深淵なる数学の森の冒険 第1話―グリコの洞窟

この物語は、18歳の少年、そうたが数学の森で繰り広げる冒険物語であり、ミステリーであり、ラブストーリーである。ここで紹介されている数学はかなり高度なものを含むので、理解できない人、数学に興味のない人は、数式をすっ飛ばしてストーリーのところだけ読んでほしい。

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心地よい風が吹く、ある晩夏の夜。俺は仲間たちと、まばゆいビルの明かりの下、新宿を逍遥していた。そして、地下通路から地上に抜け出す階段で、俺たちはグリコをした。

それがただの地上への階段ではなく、未知の数学の世界への通路だとは、その時誰も知らなかった。

階段を抜けた先にあったのは、いつものにぎやかな新宿の街ではなかった。俺は気づかぬうちに、深い、深い数学の森に迷い込んでしまったようだ。

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階段の先にあったのは、方程式が住む数学の森だった。


こんな問題を思いついた。

5人で30段の階段でグリコをする。グーで勝ったら3段、チョキかパーで勝ったら6段進む。1人が30段目に達してゲームが終了したとき、全員が21段目以上に到達している確率を求めよ。

このままでは条件があまりにも複雑だから、まずは条件を簡単にする。まず、じゃんけんで勝つ確率は1/2で、グー、チョキ、パーで勝つ確率はそれぞれ等しいから、それらの確率は1/6である。よって、3段進む確率は1/6、6段進む確率は1/3である。問題に出てくる数字をすべて3で割ると、上の問題は次の問題に言い換えられる。

5人でゲームをする。5人の持ち点は最初0点で、毎ターンに1/2の確率で0点、1/6の確率で1点、1/3の確率で2点を追加する。1人が10点に達してゲームが終了したとき、全員の得点が7点以上である確率を求めよ。

実はこの言い換えられた問題は、元の問題とは同値でないような気がする。この新しい問題では、1人目に0点、2人目に2点、3人目に1点といったあり得ない状況が可能だからである。じゃんけんをするのだから、3人が全員違う得点を手にするというのはあり得ない。ただし、1人の人間に着目すると、この確率は正しいから、進む段数の期待値は正しいはずである。だから、この言い換えは近似的には正しい気がする。

問題がだいぶシンプルになり、洞窟に明かりがともされた。方針としては、mターン後に得点がn点である確率を求めた後、条件付き確率を用いて答えを導きたい。まずは、mターン後にn点である確率\(p(m,n)\)を求めよう。

とりあえず、条件から漸化式を作ってみる。

\[
p(m,n) = \frac{1}{2} p(m-1,n) + \frac{1}{6} p(m-1,n-1) + \frac{1}{3} p(m-1,n-2)
\]

ここで、いつもの確率の問題とは違うことに気づく。この漸化式には、変数が2つある。そんな問題は今まで見たことがない。

このままでは手の付けようがないから、とりあえず\(p(m,n)\)の値を表した表を作ってみる。横軸にm、縦軸にnを取ると、次のようになる。

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n=0のとき、\(p(m,0)=\left( \frac{1}{2} \right) ^m\)というのは明らかである。

n=1のとき、漸化式は\(p(m,1) = \frac{1}{2} p(m-1,1) + \frac{1}{6} p(m-1,0)\)となるから、上の式を用いて、漸化式を解くと、\(p(m,1)=\frac{m}{3} \left( \frac{1}{2} \right) ^m\)が得られ、表の値と一致する。

同様にn=2のとき、漸化式は\(p(m,2) = \frac{1}{2} p(m-1,2) + \frac{1}{6} p(m-1,1) + \frac{1}{3} p(m-1,0)\)だから、上で得られた式を代入して、漸化式を解くと、\(p(m,2)=\frac{m(m+11)}{18} \left( \frac{1}{2} \right) ^m\)となり、確かに表の値と一致する。

しかし、これをすべてのnについて同じことをするわけにはいかない。かといって、数字の並びにこれといったパターンが見いだせるわけでもない。問題を簡単にしたものの、それでもまだ複雑すぎて、これを解くための道具はそろっていない。洞窟は、行き止まりだった。

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グリコの洞窟の壁には、何やらわからない数式が描かれていた。

俺は、この洞窟の中に宝の存在を薄々感じつつも、それを見つけ出すことには及ばなかった。そこで、一度明るいところに出て、状況を整理しようと思い、いったん洞窟を抜け、より簡単な問題に取り組むことにした。


状況を打開すべく、俺は条件をさらに簡単にした、新しい問題を設定した。

得点は最初0で、毎ターン2/3の確率で0点、1/3の確率で1点を追加する。mターン後、得点がn点である確率を\(p(m,n)\)とする。

先ほどグリコの洞窟でそうしたように、表を書き、nの最初のいくつかの値について、漸化式を用いて\(p(m,n)\)を求めると、

\[
\begin{align}
p(m,0) &= \left( \frac{2}{3} \right)^m \\
p(m,1) &= \frac{m}{2} \left( \frac{2}{3} \right)^m \\
p(m,2) &= \frac{m(m-1)}{8} \left( \frac{2}{3} \right)^m
\end{align}
\]

今度はパターンが見えてきた。というか、こんなに難しく考えなくても、mターン後にn点である確率は、1/3の確率の事象がm回中n回起こる確率に過ぎないから、

\[
p(m,n) = _mC_n \left( \frac{1}{3} \right)^n \left( \frac{2}{3} \right)^{m-n}
\]

であり、上でn=0,1,2に対して求めた結果と一致する。


「点を追加するか、追加しないか」の二択である限り、確率は二項分布に従う。単純で簡単な問題である。どうやら条件を単純化しすぎたようだ。洞窟を抜けた先が明るすぎたので、もう少し暗くて複雑な林へと足を進めることにする。

第2話に続く