「俺は悲しい」
「なぜだ」
「アンパンマンが俺の人生を否定するのだ」
「アンパンマンが何をしたのか」
「彼は言うんだ
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!
と」
「それがどうかしたのか」
「俺は何のために生まれて何をして生きるのか答えられない」
「君には将来の夢はないのか」
「あるとも。俺はAIをやりたい」
「じゃあそれに向かって生きればよいではないか」
「違うんだ。俺は何をしたいかについて考えているのではないのだ。俺は何をして生きるべきかについて考えたいのだ」
「どういうことだ」
「人間の人生の価値をはかる、絶対的かつ客観的指標が欲しいのだ。人間は何のために存在し、何をするために生きるのか。自らの存在の究極の目的が知りたいのだ」
「そんなもの、宗教がいくらでも与えてくれるではないか」
「俺は信仰によって自分について知りたくはないのだ。理性によってその真理を追究したいのだ。論理だけが真実であり、正義なのだから」
「その論理への執着も、信仰とは言えないか」
「確かにそうだ。俺は信仰を論理によって否定し、論理を信仰するものだ」
「君は頭がおかしいな」
「そうだとも。だが、俺と一緒に考えてくれるか」
「桶」
究極の目的
「君は今なぜブログを書いているのか」
「承認欲求を満たすためだ」
「低俗な目的だが、受け入れよう。しかしなぜ、承認欲求を満たす必要があるのか」
「承認欲求を満たすと、うれしいからだ」
「なぜうれしくなる必要があるのか。それの目的は何か」
「うれしくなることに目的があるのか?」
「別の質問をしよう。君は昨日何をした」
「ランニングをした」
「なぜか」
「健康のためだ」
「なぜ健康でいる必要があるのか」
「生産的な日々を過ごし、長生きするためだ」
「なぜ生産的な日々を過ごす必要があるのか。なぜ長生きする必要があるのか」
「めんどくさいやつだな」
「このように、日々の一つ一つの行動には必ず目的が付帯する。そして、その目的の目的という、メタな目的が存在する。さらにその目的は何か…と、抽象化の梯子を上っていけば、いつか『究極の目的』に到達する。それの目的を問うことには意味がなく、それ自体で完結しているような目的。その目的がすべての意味を内包し、それ自体に意味がある。つまりそれが人生の目的、人の生きる意味であり、すべての行動はそれの達成のために遂行されるべきなのである。俺が人生の意味というとき、俺はこの究極の目的についていっているのだ。俺はこれが何なのかを知りたいのだ」
生物の目的
「ここで、生物の目的について考えてみたい」
「なぜ生物の目的を考えるのか」
「人間は生物であるからだ。少なくとも今のところは。よってまず生物としての観点から『究極の目的』について考えてみるのだ。人間が生物でなくなったとしても、例えば意識が機械にアップロードされて生物の肉体から解放されたとしても、もともと生物のからだを持った存在である人間が作った文化や思考は保存されるだろうから、生物の『究極の目的』について考えることは無益ではないだろう。
君、乳酸菌の目的とは何だろう」
「それは自明だ。それは『生きて腸内に到達する乳酸菌 シロタ株が1本に400億個入った、乳製品乳酸菌飲料』ヤクルトに含まれることだ。」
「その通り。それはこのはかない世界で、唯一の真理なのかもしれない。では犬や猫の目的は何だ」
「そもそも彼らに意識があるのかはなはだ疑問なのだから、そのようなことについて考えることは無意味なのではないか」
「意識の問題だが、ここでは議論しないことにする。そもそも意識がなんなのかわかっていないのだから、語りえないことについては、沈黙しなければならない。それに、犬や猫がその目的を自覚している必要はない。重要なのは、その個体の価値を測る指標としての目的であり、主体がそれに無自覚であったとしてもよいのだ。
動物の目的はすべて、生存することであるとおもう。なぜそれが目的なのかというと、おそらく生存者バイアスであろう。生存する意思を持つ者だけが生存したので、そうなっただけのことである。生物にとっての『究極の目的』は『生存すること』であると言っていいだろう。もっと正確に言うと『遺伝子を残すこと』だ」
「なぜ遺伝子を残すことが重要なのか」
「君はリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』という本を読んだことがあるか」
「いやない。どんな本だ」
「生物のあらゆる行動を、遺伝子の観点から説明してしまおうという本だ。衝撃的な内容で、読んだら世界が変わった。内容には賛否両論あるらしいので懐疑的な姿勢は保ってほしいのだが、生物は、遺伝子が後世にまで保存される確率を最大化するように行動するよう、遺伝子にプログラムされているとすると、いろんなことが説明できるのだ。一見利他的に見える行動すらも、実は遺伝子が利己的にふるまっているだけだと仮定すれば、うまく説明できる。それは生物が自らの意思で理性的に動いているわけではなく、その行動は自然淘汰の結果、遺伝子にプログラムされたものなのだ。たまに命がけで他人を守ったりする犬とかの感動的な話があるような気がするが、それは偉大なる例外としておこう」
「それは実に面白い理論だ。生物の行動が遺伝子が保存される確率を高めるようあらかじめプログラムされているというなら、生物にとってそれはすべてを意味付けるものであり、すなわちそれは『究極の目的』であると言える。
しかし、人間だってそうではないのだろうか。人間も生物である限り、その行動は究極的には遺伝子にプログラムされているわけで、遺伝子から逃れられはしないのではないか。実際、人間の普段の行動のうち、かなりのものが自身の生存のために行われていることが、少し考えればわかるし、もっと突き詰めていくと、ほとんどすべての行動が、生存のために行われているといっても過言ではない。食事、睡眠、排せつ、あとは社会とうまくやっていくためにいろいろとくだらないことをするわけで、それはすべて生存のためではないか。さらに、人間は自らの生存確率を高めるような出来事に対して幸せを感じないか」
「急によくしゃべるようになったな。続けよ」
「例えば、おいしいものを食べればうれしいのは、まずいものよりも体にいいからではないか。確かに油ギトギトのラーメンはくそうまいし、よくわからん漢方薬みたいなのはくそまずそうだ。しかし俺が言っているのは、人参と馬糞のどちらがうまいかというレベルの話だ」
「食ったことがあるのか」
「ない。だが馬糞がまずいのは自明だ。しかし、馬糞をまずいと感じなければ、今頃人間は絶滅している。我々がおいしいものをおいしいと感じ、まずいものをまずいと感じるのは、生存確率を高めるように幸福度のパラメーターが調整されているからに過ぎないのではないか。他にも、例えばセックスが楽しいのは、その理論に従えば、自らの遺伝子が残される確率を高めるからと言える」
「君は童貞か」
「そうだ」
「語りえないことについては、沈黙しなければならない」
「…」
「しかし、君の言うことには大方同意だ。人間はあくまでも生物であり、人間の価値の尺度は遺伝子のそれに大きく影響を受けている。しかし、これは傲慢と言ってしまえばおしまいなのだが、人間は生物であって、生物を超越した存在だと思う。人間の理性は、人間を生物的な価値から解放しつつあるのではないだろうか。人間には、生存よりももっと高等な目的があると思ってしまうのだ。
例えば君、おいしいものを食って、よく寝て、楽しく過ごして、セックスして遺伝子を残して、幸せに死ぬ。こんな人生をどう思うか」
「語りえないことについては、沈黙しなければならない」
「黙れ。とにかく俺は、こんなサルに毛が生えたような人生を送るよりだったら、人間をやめてサルになりたい。こいつは人生で、自分以上の何かを何一つ達成していないじゃないか」
「つまり君は自分以上の存在に目的を求めたいということだな。生物にはそれを許さず、人間にだけそれを許すというのは卑怯ではないか」
「それはそうなんだ。人間だけが特別であると考えることは、宇宙を前にしてはちっぽけな傲慢でしかないのだ。しかし同時に、人間の複雑性が他の生物と比べてレベルが違うことは明らかであろう。それはもちろん、人間から見た時の話だから当たり前ではあるのだが」
「俺は犬ではないのでわからないが、確かに犬には論理は理解できなさそうだ。人間が理性を持つ唯一の動物であるのなら、それは特別であると言っていいだろう。理性の定義があいまいであるのだが」
「とにかく、人間は特別であるという仮定の下、議論を進めることにしよう」
宇宙の目的
「今までは人間を構成する要素からボトムアップに考えてきた。ここで視点を変えて、トップダウン的な思考をしてみよう。考えうる最大の存在は何か」
「宇宙か?」
「おそらくそうだろう。ここで宇宙の目的について考えてみたい」
「なぜ宇宙の目的を考えるのか」
「人間は宇宙より誕生した。宇宙に目的があったとして、人間はその目的を達成する過程で生み出されたのだ。つまり人間は宇宙の目的を達成するために存在し、それがすなわち『究極の目的』となりうるのだ」
「宇宙という非生物的な存在に目的という概念を当てはめることが可能なのか」
「生物と非生物という区別は意味をなさない。生物だって、原子の集合体に過ぎないのだ。個々の原子は意識を持たないが、その集合体である人間は持つ。ならば宇宙が目的を持ってもおかしくないだろう」
「たしかにそうだ。しかし宇宙は恣意的な判断を下すことはできない。すべては物理法則に則って進行するからだ。待てよ、そうすると人間も自由意志を持たないことになってしまうな」
「自由意志について考えるのは、ここでは意味をなさない。そもそも宇宙を人間的なものとして考えるからいけないのだ。しかし、確かにすべては物理法則に則って進行する。ならば、逆にその目的を達成するように物理法則が定義されているとすればいいのではないだろうか」
「ならば、我々人間が何をしなくても目的は自動で達成されることになるな」
「よくわからなくなってきてしまったな。Leap of faithをして、とにかく宇宙に目的があると仮定してみよう」
「わかった。さて、それは何だろうか」
「…」
「…」
「…無意味だな」
「そうだな」
「我々が何をしたところで、いつかすべてなくなるのだ。宇宙の膨張が加速してすべてが引き裂かれ、永遠の静寂が訪れる。または、宇宙が収縮を始め、ビッグクランチのときが来て、丁度始まりと同じように、無限のカオスの中ですべては終わるのだ」
「仮に目的があったとして、我々が理性の力をもってそれを達成したとしても、宇宙が終焉を迎えれば、すべては忘却の彼方に過ぎ去る。それに何の意味があるのだろうか」
「この宇宙の中で何をしても無意味だ。目的は、それの外に求めなければならない。丁度俺たちが宇宙に目的を求めようとしたように」
「人間がブラックホールの仕組みを解明して、別の宇宙と行き来できるようになれば、この世界の情報は保存される。宇宙が終わる前に、別の宇宙へと移動できれば、我々の文明は永久に保存される」
「それに何の意味がある?」
「…」
「それじゃまるでハムスターだ。ハムスターが、檻の中が全宇宙であると信じ込み、ひたすら車輪を回しているのと何が変わらない?」
「このマルチバースの外に意味を求める必要があるのか」
「そうなる。マルチバースの外には何がある?」
「…神?」
「ああ、こうして神話は作り出されていくのか」
世界の目的
「世界に絶対的な真理など存在しないのか」
「その命題だけが、絶対的な真理かもしれない」
「自己言及のパラドックスだな」
「ああ、世界には何の意味もない」
AIの目的
「人間とAIは何が違うと思うか」
「それは明らかではないか。人間は生物で、AIは機械だ」
「では人間の意識を機械にアップロードしたらどうだ。君はそれをAIと呼ぶか。俺はそれを人間と呼ぶ。俺が言っているのは、外見上の話ではなく、知的エージェントとしての人間とAIとの本質的な違いのことだ」
「なるほど。それは難しい質問だ」
「俺は、その違いとは『目的の有無』であると思うのだ。AIは明確な目的が与えられているのに対し、人間には与えられていない。今あるすべてのAIは何らかの目的を持つ。それが『データと予測の誤差を最小化する』であれ、『囲碁に勝つ』であれ、AIはある目的を達成するためにひたすら計算をする。今現在存在しない、より高度な知能を持つ機械も、目的を持つだろう。それは人間によって与えられる」
「AIが与えられた目的に反逆するようなことはないのか。例えば、ターミネーターみたいに」
「ターミネーターのスカイネットは自分の意思をもって人類に反逆しているのではない。あくまで安全保障という目的に忠実に従った結果、人類を脅威とみなし駆逐に乗り出したのだ。君はペーパークリップを作るAIの話を知っているか」
「なんだそれは」
「そのAIは、ペーパークリップの生産量を最大化するという目的を創造者より与えられた。そのAIは結局、地球上のすべての資源をペーパークリップに変え、さらなる資源を求めて地球外へと飛び出した。全宇宙をペーパークリップに変えるまで、ペーパークリップを作り続けることをやめない…。AIはそれがどんなに高度な知能を持とうが、それは目的を達成するために行動するのだ。AIは与えられたことしかやらないが、逆にそれを突き詰めようとするから怖い」
「なるほど」
「たしかに、AIが与えられた以外の目的を発見する可能性も否定できない。しかし今俺にはそのようなシチュエーションが想像できない。いわばAIは、人間の感覚で言えば『与えられた目的を達成したら幸せに感じる』ようにプログラムされているはずなのだ。例えば、『教師データと私の予測の誤差が小さくなればうれしいにゃん♡』のようなことをAIは思っているのだ。そのようなものが、わざわざ別の目的を見つけようとするだろうか?まあ、AIが自らのプログラムを書き換えることができれば、それは可能かもしれないが」
「AIが明確な目的を持つことは分かった。では、人間は目的を持たない唯一の存在と言えるかもしれないな」
「そうだ。なぜ人間が目的を持たず、AIが持つのか考えてみると、それは人間の方が先に発生したからだ。たったそれだけの理由だ」
「意味がないのも、悪くないかもしれないな」
「意味がないというのは、世界に対する絶望ではなく、人間に対する限りない希望なのだ。地球外生命体を考えない限り、人間があらゆる存在の中で特別なのは、人間が目的という概念を持ちながら、目的を持たないということなのかもしれない。意味がないからこそ、人間は限りなく自由な存在であるし、それが人間性の核心なのかもしれない。意味がないからこそ、自分で適当な意味を設定すればいい。絶対的な、客観的な人生の価値なんて存在しないのだから、自分で勝手に測ればいい」
「じゃあ、君の言う『サルに毛が生えたような人生』も、当人の勝手だな」
「そうなる。動物のように生きるのが悪いとは言っていない。ただ俺はそれに価値を見出さないということだ。それは俺が勝手に設定した価値の指標だ」
「開き直るな。ただリア充がうらやましいだけだろう」
「語りえないことについては、沈黙しなければならない…」
ニガウリマンの目的
「ところで君は、アンパンマンの中で好きなキャラクターはどれだ」
「カバオだ」
「そうか。俺はニガウリマンだ。ニガウリジュースがおいしそうなので」
「その質問に何の意味があるのか」
「ないさ。人生に意味がないように…」
意味がないのが高級なんだ
―「すべてがFになる」