地球の自転速度を変えるには

俺は今大学受験に向けて勉強しているわけだが、理系なので物理を勉強する必要がある。物理の力学では、摩擦運動を扱うことがある。物体を床の上で引きずると、物体の運動をさえぎる方向に床から摩擦力が働く。一方、作用・反作用の法則より、床にも物体から同じ大きさで逆向きの力が働くはずである。つまり、物体が床を引っ張るような力が働く。床は地球につながっているから、地球に対して力を加えているわけである。しかし、地球の質量は巨大でその程度の力は無視できるため、地球について運動方程式を立てたりする必要はない。

 

今までそのことは理解していたし、特に疑問を抱いたこともなかった。しかし先日物理の授業を受けているときにふと、本当にそうか?どの程度の力までなら無視できるのか?世界中の人が同じ向きに歩いたら摩擦力で地球の自転速度を変えることはできるか?と深く考え始めてしまった。答えを出せずには眠れなかったので、簡単に研究してみた。

 

世界中の人が同じ向きに歩いたらどうなるか

まず、人間1人が歩くときに地球に加える力を求める。人間が歩けるのは地面を後ろに蹴るとき前向きの摩擦力を地球から受けるからであり、同時に地球には歩く向きと反対向きに同じ大きさの力が加わる。

 

人間の平均体重\(m\)を\(65 \mathrm{kg}\)、平均歩行速度\(v\)を\(4.8 \mathrm{km/h} (=1.33 \mathrm{m/s})\)、1歩歩くとき足が地面に触れている時間\(t\)を\(0.50 \mathrm{s}\)とすると、地球に加わる力\(f\)は、

\[mv=ft \\ \therefore f = 1.7 \times 10^2 \mathrm{N} \]

 

次に、世界人口\(P\)人が半径\(R\)の地球上に均等に分配されているとする。図のように、中心からの角度が\(d \theta\)増えた時に増える面積(地球の周上の帯状の面積)は

\[ 2 \pi R \sin \theta \cdot ds = 2 \pi R^2 \sin \theta d \theta \]

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地球の表面積は\(4 \pi R^2\)だから、その帯上にいる人口は、

\[\frac{2 \pi R^2 \sin \theta d \theta}{4 \pi R^2} \cdot P = \frac{1}{2} P \sin \theta d \theta\]

 

よって、地球上の全員が1人\(f\)の力を地球に加える時、トルクの総和\(T\)は、

\begin{align} \int_0^{\pi} (f R \sin \theta) (\frac{1}{2} P \sin \theta d \theta) &= \frac{1}{2} fRP \int_0^{\pi} \sin^2 \theta d \theta \\ &= \frac{\pi}{4} fRP \end{align}

 

最後に、このトルクから生まれる角加速度を求める。地球を質量\(M\)の内部が均質な球体と仮定すると、地球の慣性モーメント\(I\)は、\(I=\frac{2}{5}MR^2\)である。角加速度を\(\alpha\)とすると、

\begin{align}T &= I \alpha \\ \frac{\pi}{4} fRP &= \frac{2}{5} MR^2 \alpha \\ \therefore \alpha &= \frac{5 \pi fP}{8MR} \end{align}

 

さてここで、\(f = 1.7 \times 10^2 \mathrm{N}\)、\(P = 7.7 \times 10^9\)人、\(M = 6.0 \times 10^{24} \mathrm{kg}\)、\(R = 6.4 \times 10^6 \mathrm{m}\) を代入すると、

\[\alpha = 6.7 \times 10^{-20} \mathrm{rad/s^2}\]

という非常に小さい値になる。これは余裕で無視できる大きさである。なるほど、77億人が同じ方向に歩く程度では地球はびくともしないらしい。

 

何をすれば地球の自転速度を1%変えられるか

では逆に77億人がどれほどの力を地球に加えれば、地球の自転速度を1%変えることができるのか?

 

速度を変えるのに\(\Delta t\)秒かかるとすると、地球の角速度は\(\omega = 7.3 \times 10^{-5} \mathrm{rad/s}\)だから、

\[ \alpha \Delta t = \frac{1}{100} \omega = 7.3 \times 10^{-7} \mathrm{rad/s} \]

よって、力積\(f \Delta t\)は、

\[ f \Delta t = \frac{8MR\alpha t}{5 \pi P} = 1.8 \times 10^{15} \mathrm{kg \cdot m/s} \]

 

これがどれほどの力なのか、Falcon Heavyロケットと比較して検討してみよう。SpaceXによると、Falcon Heavyのリフトオフ時の推力は\(2.28 \times 10^7 \mathrm{N}\)である。求めた力積をこの推力で割ると、\(7.9 \times 10^7 \mathrm{s}\)という値になる。これはおよそ2年半である。つまり、世界77億人ひとりひとりが、Falcon Heavyを横向きに2年半飛ばし続けてようやく地球の自転速度が1%変わるのである。

 

これはどれほどのエネルギーなのだろうか。運動エネルギーの変化\(\Delta K\)を計算してみると、

\[ \Delta K = \frac{1}{2} I \left( \left( \frac{101}{100} \omega \right)^2 - \omega^2 \right) = 5.2 \times 10^{27} \mathrm{J} \]

 

水爆のエネルギー約\(10^{14} \mathrm{J}\)と比べると、そのエネルギーの巨大さがわかるだろう。

 

結論

  • 人間に地球の自転速度を変えることは無理である。
  • 物理の問題において、地球に働く力は無視しても、全く問題ない。
  • 地球はやっぱりでかい。人間などちっぽけな存在だ。