原付を買った話

原付を買いました.

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志摩リンになりたかったのです.

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主な理由は通学のためである.今俺は実家から大学に通っている.原付を買うまではJRと地下鉄を乗り継いで行っていたが,仙台は地下鉄が非常に高額なのである.加えて,キャンパス間の移動や,バイト先への移動のような短い距離の移動にも地下鉄を使っていると猛烈なペースで財布が空になる.そこで,当然だが,定期を買うことが頭に浮かぶ.実際,通学だけならそれで事足りるのだが,仙台は東京の様に任意の地点から最寄り駅まで歩いてすぐみたいな感じではないので,バイト先に行ったり遊びに行ったりするのに長い距離を歩かなければならない.それなら「仙台駅に自転車を置いて市内はそれで移動すれば?」となって,それも検討した.しかし,2年次からキャンパスが山の上に移動するのだ.さすがに自転車で山は登りたくない.なぜ山の上に大学を建てたのだろうか.弊学はキャンパス近傍にたびたび熊が出現し,学生に注意勧告がなされるのが日常的なのである.とはいえ,自然豊かで意外と悪くないものである.

交通手段の話であった.兎にも角にも,仙台(というよりかは,弊学)は移動が何かと不便なのである.そこで目を付けたのが原付である.原付ならば,自動車の免許を取ったときに一緒についてくるので乗れる.最初は,実家から直接原付で通うことを考えていた.ただ,実家から大学まで20km以上あり,原付だと1時間以上かかる.原付に乗っている友人に尋ねたら,毎日その距離を往復するのは相当疲れるからおすすめしないとのことだった.バイクならまだましかもしれないが,今からバイクの免許を取るのはめんどくさい.それにバイクは高い.

そこで折衷案として,仙台駅まではJRで移動して,駅の近くに原付を置いておいてそこからは原付で移動するというのを考えた.これは一見無駄遣いのように見えるが,地下鉄の高さをなめてはいけない.これから少なくとも3年間,同じ大学の修士課程以降に行くとしたら5年以上通うことになるのだから,その期間の地下鉄の定期代に比べれば,原付を買って5年間メンテナンスする方が得である.また,市内のあちこちに素早く移動できるため,買い物やバイトや遊びにもいちいち歩かなくて済むようになる.また週末とかに実家に持って帰るようにすれば,気軽に外出することができるようになる.気軽に外出するとは言っていないことに注意.

諸々のメリットを考慮して原付を買うことにした.大学の近くの自転車・バイク屋にいって話を聞くことにした.原付は中古で7万円くらいで安く買えるというイメージがあったのだが,店員さんにはこれから3年以上乗るんだったら新車を強く勧めると言われた.それにそこの店に売ってた原付はよさげな中古(12万くらい)と新車(15万くらい)の値段がそこまで変わらなかった.値段というのは不思議なもので,12万円と15万円は直感的にあまり変わらないように感じるのだが,0円と3万円はとんでもなく大きな違いなのである(もちろん,文脈にもよるが).あまり割合にとらわれていると,絶対量の大きさに目をつむりがちである.話を戻す.原付に長いこと乗っていてメンテナンスがちゃんとできるという人ならまだしも,原付に一度も乗ったことがない俺に,下手に安い中古を買って長い間持たせることができるとも思わない.他の店もいくつか回って同じようなことを言われたので,結局新車を買うことにした.

バイク屋の店員さんはとてもフレンドリーで,店側の都合ではなく客の利益を考えてくれる人(のように少なくとも俺は感じた)だった.大学近くのバイク屋であるということもあり,おそらく長年多くの学生を見てきているので,その辺の事情も詳しいのだろう.とても信頼がおけたので,この店で買うことにした.やはり愛想のいい店員の店で買いたくなってしまうのが人間の性である.

保険,メンテナンスパックなど含めて合計20万円ちょいになった.下手にオプションをケチって万が一の時に困るよりも,保険としてある程度の出費を我慢したほうが安心できる.

1週間後に納車ということだったので,それまでYouTubeで原付の運転方法の動画を見てイメージトレーニングに努めた.「遊園地のゴーカートで運転はしたことあるから無免許でも車の運転は余裕でできるだろ」というやつ(いるのか?)よりも質が悪い.何を隠そう,実は俺は原付に一度も乗ったことがないのである.実は原付の加速の仕方すらわかっていなかった.「どっかにアクセルペダルでもついているのかな」と本気で考えていた.あれは右手のグリップをひねって加速するのである.先が思いやられる.原付に一度も乗らなくても,自動車の免許と一緒に免許がついてくる制度はどうかしていると思う.せめて,オプションでちょっと講習を受けるとついてくる,という風にすべきではなかろうか.しかし,この制度の恩恵を受けているのは俺自身なので,あまり悪くは言えない.

と,ここで今回購入した原付を紹介しよう.ヤマハ・ジョグである.

www.yamaha-motor.co.jp

メーカー小売希望価格は17万円となっているが,今回は車体自体の価格は15万円で購入できた.特にセール中だったというわけでもなく,この店では常にこの価格で販売しているようだ.なんとも学生にやさしい.

店頭に並んでいた原付の中でかなり安い方で,デザインも格好良かったのでこれを選んだ.店員さんに「ヤマハのジョグとか安めで良さそうなのでこれにしようかなと思います」と伝えたら,「お客さんお客さん,安いからじゃありませんよ.これは本当に最高の原付で,仮にこれがもっと高かったとしても私はこれに乗りますよ.お客さん,良い選択だと思いますよ」と猛烈に推されたのでこれに確定した(あまり詳しく覚えてないのでかなり脚色が入っていると思われる.ただ,「安いからじゃないですよ」と言われた時点で「え,俺なんか変なこと言った?」と思ったのは覚えている).

色はブラックにした.その時店頭にあったのがブラック,ブラウン,シルバーで,ブラックかシルバーで迷ったのだが,ブラックにした.店員さんと「やっぱり黒はかっこいいですよね~」みたいな話をしたので,気持ちがブラックに傾いた.まあ正直なところ色はどうでもいいのでその場の流れで適当に決めた.

光陰矢の如し,1週間が経過した.納車の日である.いくつか書類にサインしたのち,車体の説明を受けた.エンジンの掛け方,スタンドの立て方,ライトの仕組み,等々.YouTubeでの予習すら真面目にやらなかったので(10分程度の動画を1本見ただけ),この時初めて知ったことがほとんどだった.もうだめだ.

ちょっと運転練習をした.といっても,店の前の車が2台しか止まれないような駐車場で少しぐるぐる回っただけである.始めは制御がうまくできなくてひやひやしていたが,店員さんに「それだけ乗れればすぐ慣れるでしょう」と言われた.本当におっしゃっていますか?

その後店員さんに礼を告げ,大いなる試練への扉を開いた.つまりは公道に乗ったということである.終始「本当にこんなんでいいのか?」と考えながら,恐る恐る発進し,慄きながら右手のグリップをひねった.

第1の試練が訪れた.右折である.原付は2段階右折をする必要があるところと,する必要がないところがある.これは排中律より自明な命題である.昔一度だけ原付が2段階右折をしているところを見たことがあるので(おそらく何度も見たことはあるだろうが,意識してみたのは一度だけである),それを思い出して真似た.正しいやり方をしているのか全然自信がなかったが,とりあえず右に曲がることができた.

これ以上ない達成感に浸りながら,法定速度である30km/hでのろのろと走っていると,すぐに後続の車が後ろに迫ってきた.原付で本当に30km/hで走っているやつはほとんどいないらしいが,運転歴2分の輩が調子に乗って事故に遭ったら一族の笑いものなので,おとなしく法定速度を遵守していた.この30km/hという法定速度は割と理にかなっていると思っていて,原付で40km/h以上出すと結構怖い.全くプロテクトされていない生身の状態で走っているので,50km/hで走っていて転んだりしたら確実に死ねる自信がある.

しばらくの間,あてもなく大学の周りを走っていた.一度山を登ってどんなものか確かめてみた.実に快適である.自転車だと絶望的な坂もすいすい登れる.そして山を下り,キャンパスの駐輪場に止めてみたり,もうちょっと街中に近いところを走ってみたりした.どんなに後ろを詰めて煽られても動じないという固い意志をもって,「すまん,俺は法律を守るのでどんどん追い越していってくれ」と強く念じていた.僕の思い,君に届いただろうか.自動車の運転手からすると,原付というものがいかに迷惑であるか,原付で走る立場になって深く理解した.

少し慣れてきた辺りで,さっそく家に帰ることにした.原付に乗り始めて初日で20km以上離れた自宅に行くのは結構な冒険だが,どんなものか見ておきたかったので行くことにした.

何度か車で仙台から自宅まで行ったことはあるが,あまりちゃんと道を覚えていない.また,できるだけ大きい道は避けたい.怖いので.まあ,どうにでもなるだろうと思って,まともに調べずに大体の方向に向かって発車した.

道中,何度も右折したくなることがあったのだが,右折のルールが正確に把握できていなかったので,困ったら直進か左折していた.原付は常に一番左の車線を走るというルールがあって,一番左の車線が右折専用レーンだったとしても,そこから(2段階)右折しなければならないのである.これはかなり非自明で,調べてそのルールを知っていたとしても,本当にそれでいいのか不安になるものなのである.なので思った方向に進めずかなり手間取っていた.

しかし,重要な事実として,時計回りの90度回転は,反時計回りの270度回転と等価なのである.すなわち,3回左折を繰り返すことで,1回の右折を代用できる.これを,3段階右折と呼ぶ.2段階右折ができなくても,3段階右折を導入することで,一切右折をせずとも任意の方向に進むことが可能となった.

しかし,この手法は理論的には可能であるが,実用性に乏しい.右に曲がれるなら,右に曲がった方が速いだろ.

いろいろな方向に曲がりながらしばらく進んでゆくと,見覚えのあるショッピングモールが見えた.いつも通っているところである.ここから先はあとずっとまっすぐ進むだけである.一安心.

しかし,進むにつれて見覚えのない風景が展開されてゆく.さらに進むと,ここに存在してはいけないはずの文字列が視界に入った.大学近くの地名である.なんと,変な方向に曲がることを繰り返しているうちに,南に進んでいるはずが西に進んでいたのである.Google Mapで確認すると,とんでもない見当違いの場所にいたので,来た道を戻り,正しい方向に進んだ.

その後も何回か道に迷うことを繰り返していると,再び例のショッピングモールが見えた.今度は,正しい方向からこのショッピングモールを見ているようである.そのまましばらく進むと,今度こそ見覚えのある道にたどり着くことができたので安堵した.

ずっと進んでゆくと,田んぼに囲まれた道に出て,視界が一気に開けた.見渡す限り一面の田んぼ.その奥には,山,雲,空.風が心地よい.

何か写真を撮っておけばよかった.この記事は2500文字辺り1枚しか写真がない.

結局2時間以上かけて家にたどり着いた.恐ろしく疲れた.

翌日,大学に行く用事があったので原付に乗っていった.今度は道に迷わなかったので1時間程度で着いた.そのまま原付を仙台駅近くの駐輪場において電車で帰った.

仙台市内での移動として使うことがメインとなるが,時々遠出してみたり,今までなら面倒で行かなかったようなところに行ってみたい.